こちらは、湯浅温泉 湯浅城です。こちらは、湯浅城の形をした温泉旅館です。食事もお城の形をした重箱で出てくるんだとか。おもろいですねぇ。今回は見学だけですが、また行ってみたいと思います。道成寺は大宝元年(701年)創建の和歌山県最古の寺で、創建のいわれは「宮子姫(みやこひめ)伝説」として伝わっています。こちらは仁王門。宮子姫伝説(髪長姫伝説)
髪の毛が生えなかった娘が、海から引き上げられた観音様を毎日拝んでいると髪が生え始め、村人から髪長姫(かみながひめ)と呼ばれるほどの美少女に成長しました。
その噂が奈良の都に届き、藤原不比等の養女として迎えられ宮子と名付けられました。宮中にお仕えしているとき、宮子姫の美貌と才能を見込まれ、文武天皇の夫人に選ばれま した。 まさに玉の輿ですね!
宮子姫は黒髪の恩のある観音様と、故郷の両親に恩返しするため文武天皇にお願いし道成寺を建てていただいたというお話です。仁王様。本堂(重要文化財)
南北朝時代に建て替えられた本堂です。平成3年に解体修理されました。
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本堂の千手観音立像(重要文化財)
国宝の千手観音菩薩(本尊)は宝物殿に安置されています。三重の塔は宝暦14年(1764年)の再建安珍と清姫の物語は、お寺の創建から230年経った延長6年の物語です。参拝の途中、一夜の宿を求めた僧・安珍に清姫が懸想し、恋の炎を燃やし、裏切られたと知るや大蛇と なって安珍を追い、最後には道成寺の鐘の中に逃げた安珍を焼き殺すとい う「安珍清姫の物語」の悲恋は「法華験記」(11世紀)に記され、「道成寺も の」として能楽、人形浄瑠璃、歌舞伎でもよく知られています。二代目鐘楼のあった場所です。安珍清姫の物語で、釣鐘と鐘楼が焼けてから約400年後の南北朝の頃、この場に二代目の釣鐘と鐘楼が作られ再建されました。しかしその二代目の釣鐘は豊臣秀吉の紀州攻めで没収され、今は京都の妙満寺にあるとのことです。従って今の道成寺には釣鐘はありません。入相桜(いりあいざくら)という桜の植え込みがありました。この桜は、江戸時代の「紀伊国名所図絵」にも出てくる大木で、三十三本の支柱で支えられ、六間(約10メートル)離れた本堂の縁側まで枝が届き、縁側から桜を和歌に詠んで、短冊を枝につるせた、と記されています。境内を案柵した後は、絵とき説法を聞きました。※写真は和歌山県公式観光サイトからお借りしました。道成寺 - 安珍と清姫の物語↑詳しくは、道成寺のHPをご覧ください。道成寺から駐車場に帰る途中にはちょっとしたお楽しみがあります。ほら、手前の看板に何か書いてありますよね!まずは、和歌山なのでみかんから。とりあえず鐘をたたくおもろい。釣鐘饅頭の製造の様子を撮影させていただきました♪